2013年11月27日

心の中

 世の中をちょこっと覗いて見ようかと、使い方も言葉の意味もわからないままにTwitterとFacebookに登録してみました。やはり犬さん猫さんのことが気になるので、どうしてもそっちのほうへ行ってしまいます。わかったのは、捨てられた動物たちがひどい目に遭っているのは変わっていないということ。たくさんの人たちが動物たちのために動いているということ。怒られるかもしれないけど、私はそういう悲しい事実を見ないようにしています。ごめんなさい。
 今、我が家には犬が一頭、猫が23匹います。猫たちは皆、野良の出身です。避妊が遅くなって子猫ができたり、保護したものの死んでしまったり、そんな経験をしています。以前は里親さん探しもしていたのですが、ある出来事で人間を信じられなくなって、それからは里親さん探しはやっていません。勝手なもので、たくさんの猫たちと一緒なのに捨て猫や飼い主を探している猫たちのことを見聞きすると、あと一匹くらい居てもいいかなぁ、と思ってしまいます。でも、犬は一頭限りです。東日本大震災のとき被災して保護された動物たち(良いことばかりでなく、いやな事も耳に入ってきます。)のことを考えると、引き取ってあげるのがよいのだろうかと悩みます。(現状は保護活動をしている人たちにフードを送ることくらいです。)
 話を戻します。なぜ私は動物たちの状況を知ろうとしないのか、知りたくないのか、わざと知らないふりをしようとしているのか、を考えてみました。怖いのです。何が? 私たちは言葉を聞いたり、言葉を読んだりすることで゛情景を想像できます。
私はその情景を実際に見るのが怖いです。『死』を考えるのがすごく怖いです。それでも、私は見なくてはならないのか。でも、そこに踏み出すことができません。実際に保護活動をしている方たちはなぜ動けるのでしょうか。私はなぜ動けないでいるのだろうか。いろいろな意味で自分がかわいいからかもしれません。誰かのために、何かのために真剣になっていないからかもしれません。 
 
 犬さんや猫さんと暮らすというのは、普通は1,2匹でしょうか。20頭以上いたら、呆れられていますね。(近所では有名らしい。たぶん、悪い話しだろうな、と思います。 )
 私も今は働けているからいいけど、この先を考える時期にもなっています。以前からの知り合いの方(くりたくんのお散歩仲間だったワンコの飼い主さん)の「いつかは区切りをつけなきゃだめだよ。」という言葉がとても参考になっています。ずっと犬や猫と暮らしていた方たちは、本当はずっと犬猫たちと暮らしていたい、また飼ってみたいと思っているけど、自分の年齢を考えるとできないと言われます。それが『区切り』で、私はうまく区切りがつけられるか、不安です。

 動物たちのことを考えているとつらくなってきます。第一原発の周辺では、いのししが増えているそうです。野生化した黒い牛たちが走っている映像も見ました。住む人が居なくなった家には、ねずみが入り込んで、めちゃくちゃな状態だそうです。飼い主さんとはぐれた猫たちが数を増やしているとも聞きました。またまた原発がどうこうという話になってしまうけど、東電は何をどう元に戻してくれるのでしょうか? 
 原発の事故以来、我が家の犬は毎日地上30~50Cmのあたりて呼吸をしながら散歩をしています。

ニックネーム happycats at 01:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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